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 黒柿(くろがき)
 「黒柿」は厳密に言えば樹木の名称とはいえません。樹齢を重ねた柿の木の中で土壌に含まれる金属や樹木の内部で進行した微生物の影響によって色素が蓄積され、また微妙な変容を遂げた末に生まれた状態の名前だと言えます。黒い小さな実のなる野生種の柿を黒柿と呼ぶ場合もあるようですが、木材を扱う私たちの立場からいえばかならずしもその柿が「黒柿」というわけではありません。実についていえば甘柿もあれば渋柿もあります。「きってみなけりゃわからない」と材木屋を嘆かせるのもそんなところからです。 
 黒柿のモノトーンの表情は僧侶や数寄者といった知的な活動に身を置く人たちに様々なイメージを与えてきました。偶然、京都の相国寺の黒柿で作られた書院を拝見したことがあります。その書院にあって高僧達はどんな思いを抱いたことでしょう。精神世界へ誘うような不思議な魅力を黒柿は持っています。現代の名工により復元された正倉院の黒柿造りの厨子は千数百年を越えて人の胸を強く打ちます。祈りを形にすることが出来るとしたらこんなふうかしらと腑に落ちるような美しさです。
 松江の代々の藩主が眠る月照寺の宝物展示館に茶人として有名な松平不昧公が職人を指導し作らせた見事な縞の黒柿の箱があります。私自身は十数年来、黒柿の魅力に取り付かれて、古美術店に日参し堀越精峰や小林幸八といった松江の生んだ名工の作品を蒐集していますが、茶道が盛んというより日常的にお茶がたしなまれてきた出雲という土地柄ゆえにお茶の道具も地方性が色濃く漂っています。
  柿は乾燥がとても難しい材料です。実のところ乾燥には幾度となく失敗を重ねてきました。冬のある朝、乾燥装置の湿球に送る水が凍っていることを知らず温度を上げたためなけなしの資金で購入した数百万円相当の黒柿の棗の材料や高価な板材をすっかりだめにしたこともあります。
 
 
原木一本一本の個性だけでなく、黒い部分と白い部分の性質が違うため一枚一枚の板にも気を使かわねば使いこなせない黒柿は均質な素材を前提とする工業的な作り方には耐えられません。データを調べたり、試行錯誤の日々が続きました。黒柿は名工のみが許されるという賛辞はその性質を熟知して後に取り扱うべきという意味なのでしょう。私達はほかの素材と同様に黒柿を伝統的な道具や用途だけでなく、今の時代に意味のある何かの形を与えられればと念じています。
 人は時に自分を見つめる時間を必要とします。天与の妙ともいうべき表情をもつ黒柿はなにかしら詩的な世界や精神世界を内包する象徴的なものに形を変えることで現代の意味を獲得するのかもしれません。黒柿には、静寂へ誘う不思議な力があるからです。これからもかけがえのない恵みを天からお預かりしているという気持ちで、作り続けてまいります。